大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所八代支部 昭和46年(ワ)71号 判決

原告

高田重八

ほか一名

被告

有限会社松石

ほか一名

主文

(一)  被告らは各自原告らに対し、それぞれ八万二一七三円およびこれに対する昭和四五年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

(四)  この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告ら)

(一)  被告らは、各自原告らに対し、それぞれ四一七万一五八四円およびこれに対する昭和四五年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

(被告松石)

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三)  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

(被告大正海上火災)

一  本案前の裁判

(一) 原告らの訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

二  本案の裁判

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者双方の主張

(原告らの請求原因)

一  事故の発生 高田康行は、次の交通事故によつて受傷し、昭和四五年八月一七日死亡した。

1 発生時 昭和四五年八月八日

2 発生地 熊本県八代市上日置町一七六七の一番地先国道三号線上

3 被告車 普通貨物自動車(熊四は七五〇八号)

運転者 高木邦彦

4 原告車 軽快自転車

運転者ならびに被害者

康行

5 態様 国道三号線を八代市萩原町方面から熊本方面に向けて進行中の被告車が同方向に向けて進行中の原告車に追突したもの

二  責任原因

(一) 被告有限会社松石は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らの損害を賠償する責任がある。

(二) 被告大正海上火災保険株式会社は、被告松石との間に、同被告を被保険者とし保険金額を一〇〇〇万円とする任意保険契約を締結しているのであるから、同被告が原告らに対し負担する損害賠償債務を補填する義務がある。原告らは被告松石に対する損害賠償請求権にもとづき、被告大正海上火災に対する保険金請求権を被告松石に代位して行使するものである。

三  損害

(一) 原告らの治療関係費 一五万〇六三九円

(1) 治療費 一三万一八三九円

(2) 輸血代 一万円

(3) 看護料 八八〇〇円

(二) 亡康行の逸失利益 一〇三五万四一六九円

亡康行は、本件事故当時一三才で、中学一年生であつたが、その逸失利益は、別紙計算書記載のとおり一〇三七万三七八八円となるが、そのうち一〇三五万四一六九円を請求する。

原告らは、亡康行の父母として、それぞれ二分の一づつ相続した。

(三) 原告らの慰藉料 各一五〇万円

亡康行は原告らの末子であり、小学校時代から成績優秀であつて、生徒会長などを勤め、昭和四五年四月八代市立第八中学校に入学後も成績は上位に在り、且つ学業に熱心で夜間は滝川英語塾に通学していたのである。また原告ら一家は、田畑一町三反、蜜柑畑二町余を有する富農であつて、将来、康行を大学に進学させ、国家公務員または会社員等として栄進させることを唯一の望みとしていたものである。ところが、本件事故によつて、突然すべての希望を断ち切られ、原告らの精神的肉体的打撃は言語に絶するものあり、その慰藉料は各自一五〇万円を相当とする。

(四) 以上合計 原告ら各六七五万二四〇四円

四  損害の填補

原告らは、自賠責保険金ならびに被告松石からの弁済金として合計五一六万一六三九円を受領したので、それぞれ二分の一にあたる二五八万〇八二〇円づつ前記損害額に充当したから、原告らはそれぞれ四一七万一五八四円の損害賠償請求権を有する。

五  結論

よつて、原告らは、各自被告らに対し、それぞれ四一七万一五八四円およびこれに対する事故発生の後である昭和四五年九月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する被告松石の答弁および抗弁)

一  第一項のうち1ないし4は認めるが、5は否認する。

第二項(一)のうち、被告松石が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは認める。

第三項のうち、(一)は認めるが、(二)(三)は不知。

第四項のうち、原告らのその主張の金員を受領したことは認めるが、その他の事実は否認する。

二  免責

被告松石の運転手である高木邦彦は、被告車を運転して、八代市萩原町の国道三号線もみじ橋上を、熊本方面に向けて、時速四五キロぐらいで進行し、同橋の西端に近づき、同橋を渡り終えようとしたのであるが、おりから康行が原告車に乗り、もみじ橋の西端において国道三号線とほぼ直角に交差する幅員約三メートルの小路を、左側から右側へ横断しようとして、右方の安全を確認しないまま、被告車の直前を、国道三号線上へ飛び出してきたため、これに気づいた高木が急いでハンドルを右に大きくきり、これとの接触を避けようとしたが、間にあわず本件事故が発生したものである。

以上のとおり、本件事故は一に康行の過失のみに起因するものであり、被告松石には会社運行供用者としての過失はなく、被告車にも構造上の欠陥または機能の障害はなかつたのであるから、被告松石は自賠法三条但し書にもとづき、本件事故に伴う損害賠償の責任はない。

三  過失相殺

かりにそうでないとしても、本件事故の発生には、康行の過失も寄与していることは明らかであるから、賠償額の算定につき斟酌されるべきである。

(被告大正海上火災の本案前の抗弁ならびに請求原因に対する同被告の答弁および抗弁)

一  原告らの債権者代位権の客体となつている保険金請求権は、いわゆる対人賠償責任保険にもとづくものであり、同責任保険は被保険者たる被告松石が、自動車に関する人身事故によつて、第三者に対し法律上の損害賠償責任を負担するに至つたとき、これによつて同被告の蒙る損害を、保険者たる保険会社が填補することを目的とする損害保険契約である。

即ち、右保険においては、自動車保険普通保険約款上、先ず被害者たる第三者(原告ら)と加害者たる被保険者(被告松石)との間で、損害賠償責任の存否並びに賠償責任額の確定がなされることが必要とされ、その上で加害者たる被保険者(被告松石)と保険者(保険会社)との間で、右賠償責任額を基準とする保険金請求権の存否並びに保険金支払額の確定がなされることとなつている。そして、後者の保険金額の確定に当つては、前者の賠償責任額が確定した後、保険会社において保険契約の無効又は解除事由(告知義務違反等)の存否、損害填補の免責事由(被保険者の故意、無免許運転等)の存否など、保険約款上の独自の抗弁の検討がなされるのが常であり、その後において始めて保険金支払額が確定するものであるから、賠償責任額と保険金支払額とは必ずしも一致するものではない。いずれにもせよ、対人賠償責任保険においては、先ず賠償責任額を確定する手続を要し、次いで保険金請求権を確定する手続に入るという二重構造をとつており、前者の手続を経ない以上、後者を論ずる余地がないことが明らかである。換言すればいわゆる賠償責任保険においては、被害者と加害者との間で、損害賠償責任額が確定されることが、保険金請求権行使の不可欠の前提条件になつているものと解すべきであり、その意味で保険金請求権は被保険者の被害者に対する賠償責任額が確定した後に始めて行使しうるものと解すべきである。他方、交通事故等不法行為にもとづく損害賠償債権において、その債権の発生時期についてはともかく、いつ賠償責任額が確定するかという点については、一般的に事故の発生と同時に、当事者間において確定するものとはいえないから、通常、当事者間の示談又は判決等の訴訟手続を経て始めて確定するものといわなければならない。

そうだとすれば、加害者(被告松石)と被害者(原告ら)間において賠償責任額が示談または判決等により未だ定まつていない現在の時期において、即ち、右賠償責任額が未だ確定しない現段階において、賠償責任額が確定しないままになされている本件の保険金請求は保険金請求権行使の不可欠の前提条件を欠如しているという点で明らかに不適法であり、その限りで被告松石の現時点における保険金請求権の具体的行使が可能であることを前提とする原告らの債権者代位権にもとづく本訴請求は却下されるべきものである。

二  請求の原因第二項(二)のうち、被告らが原告ら主張の任意保険契約を締結していることは認めるが、その他の主張は争う。

右のほかは、すべて被告松石の答弁および抗弁と同一であるから、これを援用する。

第三当事者双方の提出、援用した証拠〔略〕

理由

一  保険金請求権の代位行使

自動車保険対人賠償責任保険約款は、被保険者である加害者が保険者に対して保険金請求権を行使するにつき、あらかじめ加害者と被害者との間で損害賠償額が確定されていることを前提としているものと解されるが、本件のように、原告らが被告松石に対して有する損害賠償請求権にもとづき同被告が被告大正海上火災に対する対人賠償責任保険金請求権を代位して被告大正海上火災に対して提起した訴訟が、原告らから被告松石に対して提起した損害賠償請求訴訟と併合審理されている場合には、右損害賠償請求額の確定要件を充たしているものと解するのが相当である。従つて、本件保険金請求権の代位行使は、適法というべきである。

二  事故の発生

請求の原因第一項1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

三  責任原因

(一)  被告松石が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたこと、被告大正海上火災が被告松石との間で原告ら主張の保険契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

(二)  免責

〔証拠略〕を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故当時における事故現場は、八代市萩原町から熊本方面に通ずる幅員約八メートルの国道三号線のもみじ橋を越えた地点で、これと幅員約二・五メートルの小路とがほぼ直角に交わる交差点である。国道三号線は、アスフアルト舗装され交通もひんぱんであるが、小路は、国道三号線の入口附近が一部舗装されているのみで国道に向かつていく分登り坂となつている。右交差点には信号機が設置されておらず、道路標識もないが、交差道路に対する見とおしは必ずしもよくない。

高木邦彦は、被告車を運転して、八代市萩原町方面から熊本市方面に向けて国道三号線を時速約五〇キロメートル位の速度で進行し、本件交差点に差しかかつたところ、道路左側を同方向に向かつて、おりから自転車に乗つて進行していた康行が、道路の左側から右側へ横断しているのを約一〇メートル位先で始めて発見したため急いでハンドルを右にきつたが間にあわず国道三号線の中央線附近で被告車の左前部と自転車の前部とが接触し、康行を路上に転倒させるに至つた。

以上の認定に反する証人池田光幸および高木邦彦の証言は措信し難い。

以上の事実によれば、康行が後方の安全を十分確認しないまま国道三号線を横断しようとした過失のあることはもとよりであるが、高木としても前方を十分に注視していなかつたため自転車に乗つた康行の発見が遅れた過失も本件事故の一因をなしていることも否定できない。従つて、その他の点について判断するまでもなく、免責の主張は理由がない。

(三)  過失相殺

本件事故の発生につき康行にも過失があることは前記認定のとおりであり、その過失の割合は原告四、被告六と認めるのが相当である。

四  損害

(一)  治療関係費

原告らが治療関係費として一五万〇六三九円を負担したことは、当事者間に争いがないが、康行の前記過失を斟酌すると、右金額の六割に相当する九万〇三八三円を被告らに負担させることになる。

(二)  亡康行の逸失利益

〔証拠略〕によれば、亡康行が本件事故当時一三才で中学一年の健康な少年であつたことが認められる。しかし、更に、亡康行が高校、大学へと進学することができたかどうかは、現時点において予測することは困難である。

そこで、労働大臣官房労働調査部編「昭和四五年度賃金センサス」によれば、男子労働者全産業平均の平均月間きまつて支給する給与額は六万八四〇〇円、平均年間賞与は二〇万六一〇〇円であり、通常の稼働期間とみるべき亡康行の死亡後八年を経た二〇才から四八年後の六〇才時まで右の年間平均給与賞与合計一〇二万六九〇〇円の収入を得るものとし、うち二分の一を生活費として控除し、これを死亡時の現価に換算するためライプニツツ式計算により年五分の中間利息を控除して合算し、更に、右稼働開始に至るまでの八年間に要する養育費としては月額五〇〇〇円、年額六万円をもつて相当と解されるから、これについてもライプニツツ式計算によつて年五分の中間利息を控除して合算し、これを右金額から控除すると、左の計算式のとおり五五七万五三六四円となる。

{1,026,900×1/2×(18.0771-6.4632)}-(60,000×6.4632)=5,575,364

しかし、康行の前記過失を斟酌すると、このうち三三四万五二一八円を認めるのが相当である。

〔証拠略〕によれば、原告らが康行の父母であることが認められるから、右逸失利益の各二分の一である一六七万二六〇九円づつ相続により取得したことになる。

(三)  原告ら固有の慰藉料

本件事故により子を失つた原告ら固有の慰藉料としては、前記康行の過失を斟酌して原告ら各九〇万円を相当とする。

(四)  合計

以上合計すると、原告らの各損害額は、二六六万二九九二円となる。

五  損害の填補

原告らが自賠責保険金ならびに被告松石からの弁済金として合計五一六万一六三九円を受領したことは当事者間に争いがないから、原告らは、右金員の二分の一づつ相続により取得したから各二五八万〇八一九円を前記損害額に充当すれば、被告らに八万二一七三円の賠償請求権がある。

六  結論

よつて、原告らは、被告らに対し、それぞれ八万二一七三円の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱の申立は相当でないからこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦)

亡康行の逸失利益の計算

1 満23才にて大学を卒業して就職し、満55才にて退職するものとする。

(東京商工会議所 条件別賃金調査 昭和45年5月)

(1) 第1年(初任給) 39,386円(39,000円と修正)

39,000×12=468,000円

2年~3年 42,575円(42,000円と修正)

42,000×24=1,008,000円

4年~5年 48,357円(48,000円と修正)

48,000×24=1,152,000円

6年~8年 57,962円(57,000円と修正)

57,000×36=2,052,000円

9年~13年 69,892円(69,000円と修正)

69,000×60=4,140,000円

14年~17年 90,387円(90,000円と修正)

90,000×48=4,320,000円

18年~22年 110,002円(110,000円と修正)

110,000×60=6,600,000円

23年~27年 128,982円(128,000円と修正)

128,000×60=7,680,000円

28年~32年 146,140円(146,000円と修正)

146,000×60=8,760,000円

以上合計 36,180,000円………………(イ)

(上記の計算において、4年度以降の給料は、すべて調査表の一年前の給料を基本としている。即ち、4~5年の給料48,357円は同表の3年度の給料であり、而も5年迄は昇給なしとして計算しているので、極めて内輪の数字である。若し調査表通りの計算をするならば、上記金額の倍近くになるのである。)

(2) 経済界の常識に従つて、年二月分、最低の賞与が給せられるものとする。

(39,000×2)+(42,000×4)+(48,000×4)+(57,000×6)+(69,000×10)+(90,000×8)+(110,000×10)+(128,000×10)+(146,000×10)=6,030,000円………………(ロ)

(3) 定年退職の場合の退職金

(昭和44年4月 中央労働委員会調査)

全産業325社の調査結果は32年勤続に対して47.2月分7,570,905円となつている。よつて本件の場合最終俸給40月分とする。

146,000円×40=5,840,000円………………………………(ハ)

以上(イ)+(ロ)+(ハ)=48,050,000円…………………(A)

2 上記の期間における生活費の算定

勤労者世帯家計収支統計(総理府統計局)によれば、昭和43年の全国平均は

家族 3.96人(4人)収入 132,038円

支出 72,660円

一人平均 18,165円となる。

(イ) 本件について、就職から13年迄の生活費、即ち、収入69,000円に対する生活費を上記の平均数の60%と見ると、一人当り約11,000円となる。

1年~6年(独身時代)11,000×72=792,000円………(ニ)

7年~13年(夫婦)22,000×84=1,848,000円…………(ホ)

(ロ) 14年目から32年迄の間を平均して頭書の平均数値の80%とする。

(俸給90,000~146,000円)

即ち、家族四人として、58,128円となる。

58,128×228(19年間)=13,253,184円………………(ヘ)

以上(ニ)+(ホ)+(ヘ)=15,893,184円………………(B)

3 故に康行の逸失利益は

(A)-(B)=32,156,816円

上記の数字について、康行の死亡時から定年迄の年数42年をもつて、ホフマン式系数0.3226を乗すれば、

10,373,788円となる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例